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【仕事の話】


私は父とよく会話をする娘でした。
年頃の時はイヤイヤでしたけど(笑)

高校生の頃には
よく進路の話をしました。

ある日私が「保育」に携わりたいことを伝えると
父はまさかの大反対でした。
それはもう言いたい放題で反対されました。

『保母になるならお金は出さない』
と言われましたが
それならばと
父に頭を下げて学費を借り
働き始めて2年で完済するという
私も相当の強情娘でした。

でも、そこまでしても
私はこの道を目指したのですね。
父はよくぞ折れてくれたと思います。

娘は強情を張っていても
持ち帰りの工作仕事を
いつも手伝ってくれたのは父でした。

持ち帰って作っている時に
居眠りした私が
夜中に起きたら
全部出来上がっていたこともありました。

運動会でタイヤころがしをするから
大きいタイヤはないかな、、と
呟いたら
次の日、勤め先の保育園に
どんな車のタイヤ?ってほどの
大きなタイヤを二つ、
持って来てくれたりもしました。

ある日、
仕事の悩みを抱えていた私に
父はボソっと答えてくれました。

『だから言わんこっちゃない。
お前がやりたいことで
組織に従えるはずがない。
だから反対したんだ!
それでもその仕事がやりたかったら
徹底的に組織に従って上手にやっていけよ!』

『それが無理なら、それでも保育がしたいなら
今じゃなくてもいいから
自分の保育園を作ったらいい。
やりたいことを叶えたいなら
作ってしまえ!それなら大賛成だ!
学校へ行った学費も出してやる!』

『もしも保育園を作ったら
用務員のおじさんも
用心棒も、バスのおっちゃんもやってやるよ』

20代半ばの私には
そんなことは夢のまた夢でした。

ところが、その後
そこそこ普通に人生経験を経た私は
自分の原点に立ち返り、
保育園を立ち上げました。

おそろしいほど
とんとん拍子にコトは進み
にじのとり保育園は今、
本当に多くの方々の励ましや、
手助けや援助によって
こうしてこの場所に存在することができています。

そんな父は14年前に亡くなっています。
もし父が元気で生きていたら
きっと、年齢も顧みず
あの日の言葉通り
用務員のおじさんも、用心棒も
バスのおっちゃんも
やってくれていることと思います。

だけど私は残念だとは思っていません。
今、保育園に手を差し伸べて下さる皆さんの中に
私は父の心や魂を見ることができます。

抱える悩みへの答えは
過去の会話の中にあったり
あの時感じたぬくもりの中に
あったりします。

<人は死んでも死なない>
私はそう確信しています。
生きていた頃よりも
父の言葉や存在は
私の中で根強く生きています。

だから
みなさんには
日々忙しくても
たった5分でも
大切な人と
ちゃんと心を込めて
言葉を交わす時間を
大事にして欲しいなぁと
心の底から思うのです。

未来の答えも
きっとその中にあるかもしれません。

今日の写真は
ある日のお給食。
コレに具沢山お味噌汁がつきます。
子どもはこの量の半分ぐらいを
目安にしていますが
とにかくよく食べますよ♪

園長(あの保育園、園長が美人らしいよという噂まだ立たず...)

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にじのとり

Author:にじのとり
大阪市北区で(株)にじのとりが運営する
にじのとり保育園/ななつぼし保育園の日常と
園長の主観だらけのひとりごとです。

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